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2013-09-21

古本を買った話。

古本をほとんど買わない。

これが2回目だ。

最初の本は昔買い損ねたウィルバースミスのリバーゴッド上下2巻。池袋のブックオフで。とても状態も良かったのもあったが、本当に偶然立ち寄って、最近絶版が続いて本屋から消えてしまったウィルバースミスなんかあるかなあという軽い気持ちでなんとなく本棚に目を走られていたら、見つけてしまって、衝動買い。

今回はアマゾンで何の期待も無しにウィルバースミスと検索をかけてみたら、かなり前には見なかった灼熱戦線というタイトルが出て来て、衝動買い。
2日目にして届いて、いま、手元にある。
貴重なウィルバースミスの僕にとっての新しいタイトルの本。
初版本、良品とのこと。
届いたら、これは上下巻だが、たしかに状態は良く美品で、丁寧にパラフィン紙でカバーがかけられていた。
初版本だし、美品だし、こんなに丁寧に扱われてきた本を無造作に通勤鞄などに放り込めないなあ。


そう言うところはとてもいい、うれしい、そんな気持ちもある。
が、
こういうところが、なんとなく、扱いにくい感じがするんである。


2013-04-04

雑文集と1Q84

村上春樹の「雑文集」という単行本を先日購入。
「作家としてデビューしてから30年余り、あれこれの目的、あちこちの場所のために書いてきて、これまで単行本として発表されなかった文章がここに集められています」

こんな序文から始まる、村上春樹 雑文集、だ。

村上春樹の文章は、というか、小説、は、時々思い出したかの様に手にして読む。透き通るような、森を歩いていて清流にを見つけてそれに手をつけてみたときのような、そんな文章の印象を何時も受ける。
知的な透明感のある文章。

発表されている小説やエッセイは大方読んでいるつもりだが、「1Q84」だけはまだ読んでいない。
僕は天の邪鬼のような性格を持っていて人が持て囃しているようなものに対し、一歩引いてしまうようなところがある。
例えばパソコンだってWindowsが全盛だというのに当時かなりマイナーだったMacintoshを使って悦に入っていた。
そのMacを作っているAppleが出していて親和性があるから便利なのにも関わらず、スマートフォンは爆発的に人気のiPhoneを使っていない。(DOCOMOが出したら使っていたかもしれないのですが

「1Q84」は、そんなわけでほとぼりが覚めるまでしばらくお預け、というわけなのである。人気の長編小説を読まずにとってあるという得も知れぬワクワク感を抱きつつ、ね。



2007-07-12

最近読み返している本は。

最近本を探すのに苦労する。
面白そうな本に巡り会わない。
だからこのところ、自宅の本棚を見渡してかつて読んだ本を読み返すようなことも多い。

1年、2年に1回ぐらいのペースで読み返し続けている本がある。
心にパワーが無くなって元気がないような時に読み返すのだ。
冒険小説。
ウィルバー・スミスが妙に気に入っている。
「虎の眼」
「無法の裁き」
「熱砂の三人」
「飢えた海」
かつて文春文庫から出版されたこの4冊は特に気に入っている。
もうやや黄ばみかけているし、鞄に放り込んで何日も持ち歩いたりでどの本もかなりくたびれてきているが何度読んでも面白い。
今はどこの本やにも置いていないみたいなので、この4冊は大事にしている。
いい冒険小説は、立ち止まった自分の背中をそっと押してくれる気がする。

今読み返しているのは村上春樹の「世界の終わり、ハードボイルドワンダーランド」
去年の年末に、「海辺のカフカ」を読み返し、春に「ねじ巻き鳥クロニクル」を本棚から引っ張りだして読み返した。
その流れで何となく、今は「世界の終わり〜」を読んでいる。
初めて読んだときは文庫本だったのだが、去年ハードカバーの新装版が出ていたのを本屋で見つけて買ってあった。
村上春樹は、読んでいるとその文体が僕の中で心の鎮静剤みたいになっていくような感じがするのだ。
ポップアートを見ているような感覚。そして親近感の中に知的な透明な冷たさがあってそれが何とも心地よい。
そんな感じかな。うまく表現できないけれど。
結構グロテスクなところもあるけどね。
そう、村上春樹はポップで知的で結構グロだ。
でも彼の本を読むのは何か心騒いでいるような時、心を落ち着けるために読むことが多いかな。

本の間から古いレシートやチケットなどが出てくると、ああこの頃読んでいたんだっけ、なんてちょっと思い出に浸ったりしてね。
本を読み返すのは、結構感慨深かったり、切なかったりもする。